1. 国際交流委員会の歴史と写真
   
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1978.4 発足!

熊大の学生達により、ボランティアの同好会ができ古着を集め始めました。
そして、その保管先を求めて熊本白川教会を訪ねてこられ、当教会は
倉庫を提供いたしました。その後、その学生達が大学を卒業し、県の内外に
それぞれ就職され、同好会はなくなりましたが、以降も引き続き荷物は
送られ続け、当教会がその意志を受継ぎ、国際交流委員会が1978年4月
に発足しました。

1980年の6月頃、3人の熊大生が教会を訪ねて参りました。お話をお聞きすると「世界の子供たちに古着を送りたい。ついてはその集めた古着の倉庫を貸してほしい」とのことでした。 しかし2年後、この学生たちは卒業し、いなくなってしまいました。しかし、その後も呼びかけた古着は到着し続き、この事業は継続されました。これが国際委員会の出発でした。

私たちの王栄幼稚園は創立123年になる幼稚園ですが、米国人の宣教師によって創立された関係上、長い間多くの外国との交流を続けてまいりました。しかし、その交流の大半は「受けるだけの時代」でした。今やっと国際交流とボランティア活動を求めて外に進みだそうとしています。私たちは1980年以来国際交流活動としてアジアの国々と関わりをもってまいりました。今までにバングラデシュ(災害の救援活動)・パキスタン(熊本ペシャワール会」・アフガニスタン・フィリピン等、アジアの国々に対して、私たちにできる細やかな援助を行ってまいりました。
 その交流を通して、フィリピンの困難さや苦しさに出会いました。同時にフィリピンのトンドなどのスラムを見学させて頂きました。

 フィリピンではラメント総司教や、エズリン教育長と知り合い、ストリート・チルドレンとして教育の機会を失った、多くの貧しい子供たちの為に、幼稚園や学校を造ろうという働きに参加しました。字が読めない、書けないことが、貧困の多くの理由の中で最大のものです。カビテ市(マニラの南隣)には私たちの関わってきた学校(幼・小・中・高)が運営されています。他にピナツポ山の近郊にもいくつかの幼稚園、保育園があります。私たちはそこで働く先生方の給与を生み出すために「王栄幼稚園・マニラ教育基金」を作りました。喜んで集まるスラムの子供たちは、裸のまま登園し、園で用意した揃いのTシャツを着ます。帰りには、又裸同然のまま帰っている姿をみて、この子供たちに服の支援をすることになりました。もちろん子供たちがそのような状況ですので、大人の衣類も喜んでいただけると、ピナツボ火山の救済を兼ねて、かねてより行っておりました「フィリピンに古着を送る運動」を強化しました。今までにダンボールにして数万箱、重量にして200トン以上をスラムなどに送りました。この事業は現在もメーンの事業として続けられております。「古着を送る」という働きは、新聞を通して、多くの市民の知る所となり、県下に一つしか年中無休、24時間で、この運動をしている所がないため、「あっという間に」運動は広がりました。
現在、約400名のメンバーが登録され、毎日、全国から古着などが届けられて来ます。
 これまで、1、カビテの幼稚園の運営。2、ストリートチルドレンのセンター建設。3、パサイ市の小学校建設、と大きな事業をして参りました。
 また東日本大震災に際し、早急に行動し、4年間に350万円をお捧しました。これもこの委員会があってのことでした。
 また今回の「熊本地震」についても、出きる事から対処して参りたいと考えております。地震後、一週間以内に50万円をボランティア活動団体に寄付させて頂きました。
 これからもこの「@教育サポート基金。A古着を送る運動。B災害復興対策」を3本柱にこの活動を続け、熊本の人々とスラムの人々と交流を重ねながら、色々な愛を学んでまいりたいと思います。ロータリーよりも国際貢献賞をいただきました。今後とも、熊本の地にあって、「ゆっくりと堅実に、出きる事から進めて」まいる所存でございます。


活動の一環として「国際交流バザー」を行っております。


バザー風景